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繆斌工作成ラズ (その1)

 繆斌という人物がいた。
ワードで漢字変換するのにひと苦労するが、「みょうひん」と読む。
終戦間近に来日した中国人で、蒋介石の意向を踏まえた日中和平工作が目的であった。
だが当時の日本政府の主流派は「にせもの」と見くびり、相手にはしなかった。
その代表は元外相重光葵である。「重光葵日記」にその趣旨が書かれているらしい。
 この人物について、是非とも再評価せねばと挑戦した人がいる。重光説は誤りだと。
戦後三十数年経ってのこと、中国現地に度々足を運び、関係者への聞き取りを行なった。そして一冊の本を書き上げた。その題名が表題タイトルである。
で、その人はと言うと、私の極々親しい友人の父上で、以下Tさんと呼ばせて頂く。
「F君! ついに真実を証明できる事実が判明したよ」
「ついにやったぞ!」と、言外に響く興奮気味の電話越しの声は、今も耳奥から離れない。
 実はつい最近のこと、日頃めったに読まない『サンデー毎日』に眼を通した。
すると突然、繆斌という活字が眼に飛び込んできた。
保坂正康『昭和史の大河を往く』(シリーズ第280回、昭和史の「もし」第39回)。
「もし繆斌工作から講和が実現していたら」の副題がついている。
まさにTさんが長年抱かれた信念の如き問題意識そのものである。
私はもしやと眼を皿のようにして、Tさんの名前を探した。が、登場はしなかった。
しかしこの著者は、必ずTさんの著作を読まれているに違いない、そう確信した。
                                 
                               ― つづく―

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