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四十七年前の日記

 四十七士でもなかろうに、題名からして随分古臭いが、しばしおつきあい願いたい。
 昭和三十九年二月から三月、大学受験のため東京で過した。
二度目の東京は一ヶ月あまりの滞在。初めてのは一泊二日で、父の同道つきである。
従って一人のこのときは、自由に東京を味わうことができた。
 試験合間に街を探訪した。親元を離れた解放感も加わり、東京は魅力に溢れていた。
 先ず向ったのは、東京タワー。国電浜松町駅で下車、タワーを目指し増上寺脇を一目散に歩いた。小さな箱のようなビルがとめどなく続く眼下の風景に、「日本一高い建物にいるのだ」と、実感がこみあげてきた。
次は羽田飛行場。世話になった大森の家近くを空港行のバスが通り、これぞと飛び乗った。飛行機など乗った経験はなく、身近で眼にすることすら初めてだった。
「あの飛行機に乗るぞ」と、飛行機の旅を想像してみた。
ウキウキと足を運んだのは、テアトル東京。スペクタクル映画を観たい一心だった。
戦争場面とダイナミックな映像・音響の迫力はすぐ思い出すが、題名と主演俳優は覚えてない。しかしダイナミックで壮麗な劇場空間は、「これぞ映画館」と興奮させる雰囲気に満ちていた。爾来あの興奮の余韻が、頻繁に映画館へ誘うきっかけとなった。
 思い起せばこの年十月、東京でオリンピックが開催された。半年あまり後のことだった。「チューリップ・ライン」と称するゴミ箱が、歩道数十メートルおきに設置され、「オリンピックです。ゴミをなくして、きれいな東京を!」歯切れよい女性のラジオの声が、しつこいほどに流れていた。円筒形のゴミ箱が短い鉄柱に支えられ、その姿をチューリップになぞらえたのだ。各種競技施設やホテル等の整備、道路の拡幅等が、最後の仕上げ段階だった。
 忘れ難いのは帝国ホテル。かの有名なライト設計旧帝国ホテルである。こうして記憶を辿り、日記風に書き綴るのは、日本経済新聞特集記事「美の美 ― フランク・ロイド・ライトと日本」(2011.6.19)の掲載写真が、眼にとまったのがきっかけである。
「天井の低い玄関を入り、階段を数段上ると、三階まで吹き抜けのロビーが眼の前に広がった」。
記事の光景から、おぼろげな旧本館ロビーを、脳裏に引き戻してみる。混雑する広い現在のに比べ、低い天井、薄暗く狭いロビーが眼に浮かぶ。四隅を飾る照明装置は、「ブドウの房のように束ねた裸電球が仕込まれていて、テラコッタの透かしを柔らかく照らしだす。複雑な模様は光源を直接眼に当てないための工夫である」。
恐らく、テラコッタから漏れ出す自然光と照明が、黄色いレンガ壁とマッチし眼に優しく順応するのが、薄暗い残像として甦るのだろう。
かくして今も帝国ホテルは、友人との待ち合わせ場所に常用させてもらっている。
 この記事に触発され、思いがけずオリンピック寸前の東京へのタイムスリップが出来た。たまには記憶を辿る旅も、夢見る若い自分を思い出させてくれる。

<付記> 「テラコッタ」について ― 
    イタリア語の「焼いた(コッタ)土(テラ)」に由来する言葉。意味は以下。
    1.陶器や建築用素材などに使われる素焼きの焼き物。
    2.上記に用いられる粘土のこと。
    3.上記1または2から転じて、そのような色のこと。

             通常は茶色がかったオレンジ色である。
        ― 『ウィキペデイア』より ―

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