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2011年8月

四十七年前の日記

 四十七士でもなかろうに、題名からして随分古臭いが、しばしおつきあい願いたい。
 昭和三十九年二月から三月、大学受験のため東京で過した。
二度目の東京は一ヶ月あまりの滞在。初めてのは一泊二日で、父の同道つきである。
従って一人のこのときは、自由に東京を味わうことができた。
 試験合間に街を探訪した。親元を離れた解放感も加わり、東京は魅力に溢れていた。
 先ず向ったのは、東京タワー。国電浜松町駅で下車、タワーを目指し増上寺脇を一目散に歩いた。小さな箱のようなビルがとめどなく続く眼下の風景に、「日本一高い建物にいるのだ」と、実感がこみあげてきた。
次は羽田飛行場。世話になった大森の家近くを空港行のバスが通り、これぞと飛び乗った。飛行機など乗った経験はなく、身近で眼にすることすら初めてだった。
「あの飛行機に乗るぞ」と、飛行機の旅を想像してみた。
ウキウキと足を運んだのは、テアトル東京。スペクタクル映画を観たい一心だった。
戦争場面とダイナミックな映像・音響の迫力はすぐ思い出すが、題名と主演俳優は覚えてない。しかしダイナミックで壮麗な劇場空間は、「これぞ映画館」と興奮させる雰囲気に満ちていた。爾来あの興奮の余韻が、頻繁に映画館へ誘うきっかけとなった。
 思い起せばこの年十月、東京でオリンピックが開催された。半年あまり後のことだった。「チューリップ・ライン」と称するゴミ箱が、歩道数十メートルおきに設置され、「オリンピックです。ゴミをなくして、きれいな東京を!」歯切れよい女性のラジオの声が、しつこいほどに流れていた。円筒形のゴミ箱が短い鉄柱に支えられ、その姿をチューリップになぞらえたのだ。各種競技施設やホテル等の整備、道路の拡幅等が、最後の仕上げ段階だった。
 忘れ難いのは帝国ホテル。かの有名なライト設計旧帝国ホテルである。こうして記憶を辿り、日記風に書き綴るのは、日本経済新聞特集記事「美の美 ― フランク・ロイド・ライトと日本」(2011.6.19)の掲載写真が、眼にとまったのがきっかけである。
「天井の低い玄関を入り、階段を数段上ると、三階まで吹き抜けのロビーが眼の前に広がった」。
記事の光景から、おぼろげな旧本館ロビーを、脳裏に引き戻してみる。混雑する広い現在のに比べ、低い天井、薄暗く狭いロビーが眼に浮かぶ。四隅を飾る照明装置は、「ブドウの房のように束ねた裸電球が仕込まれていて、テラコッタの透かしを柔らかく照らしだす。複雑な模様は光源を直接眼に当てないための工夫である」。
恐らく、テラコッタから漏れ出す自然光と照明が、黄色いレンガ壁とマッチし眼に優しく順応するのが、薄暗い残像として甦るのだろう。
かくして今も帝国ホテルは、友人との待ち合わせ場所に常用させてもらっている。
 この記事に触発され、思いがけずオリンピック寸前の東京へのタイムスリップが出来た。たまには記憶を辿る旅も、夢見る若い自分を思い出させてくれる。

<付記> 「テラコッタ」について ― 
    イタリア語の「焼いた(コッタ)土(テラ)」に由来する言葉。意味は以下。
    1.陶器や建築用素材などに使われる素焼きの焼き物。
    2.上記に用いられる粘土のこと。
    3.上記1または2から転じて、そのような色のこと。

             通常は茶色がかったオレンジ色である。
        ― 『ウィキペデイア』より ―

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ちょっとした話(その1)

 江戸時代の吉原では、大夫(たゆう。位の高い遊女)を花魁(おいらん)と称した。
大方の人は、「へー、奇妙な呼び方だなあ」と思う。
由来は、禿(かむろ。遊女見習いの少女)が、「おいらの大夫」と親しげに言った言葉から、生まれたらしい。客もこの呼称で、つまり「花魁」と、敵娼(あいかた)に呼びかけた。
彼らは、ちょっと禿に自ら身をやつして喜んだのだろう。
これは現在も通じる。皆さんお好きなバーやクラブの世界である。バー、クラブにはホステスがいて、彼女らを統率するマダムがいる。ではマダムを客である男たちはどう呼ぶか? 大概は「ママ」と呼ぶ。客の彼らは、彼女の息子でもないのに、である。
マダムとホステスの関係を、花魁と禿の関係に当てはめてみてはどうか。
ママは、ホステスがマダムを呼ぶときに使う言葉。つまり客たちも、ちょっとホステスに自分をなぞらえ、ママと呼んで喜んでいるのではないか。これ、納得されませんか?
 もうひとつ別の話。
「デカンショー、デカンショーで、半年暮す、ヨイヨイ! 後の半年やー、寝て暮す」
ご存知デカンショ節。デカルト、カント、ショーペンハウエル、難解な哲学書ばかり読んでいると、後は寝るしかない。勉学に励む学生を歌ったものだと、私などはてっきりそう思っていた。実はこれはコジツケ。で、事実は次の通り。
デカンショ節は丹波篠山の民謡で、「デカンショ」の由来は諸説ある。
一つは方言で、「でござんしょ」の意。二つ目は、「徹今宵(てつこんしょう)」つまり、徹夜で飲み明かすという意。三つ目は、丹波から灘へ酒造りに出かける杜氏たちの「出かせぎしょ」の意、などらしい。
 おまけにもうひとつ。
問い ― 「上着の袖口にボタンをつけさせたのは、だーれだ? 」
答え ― 「ナポレオン」
理由は、兵士が軍服の袖口で、鼻水を拭くのをやめさせようとしたから。ボタンが邪魔になり、鼻の下をこすれないというわけ。さぞや雪深いロシア遠征で、兵士たちの軍服の袖口は、凍った鼻水でコチコチだったろうなあ。

 以上、ネタ本は秘密。ということで、たまにはこのブログも息抜き。

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