懐かしの谷崎潤一郎-『少将滋幹の母』と『春琴抄』
学生時代、詩を書いた。所属するクラブの会報に、時々掲載してもらった。
気取ってペンネームを使った。名付けて宗像(むなかた)純一郎。宗像は田舎の家近隣にあった小さな神社の名前、純一郎は谷崎潤一郎の拝借で、僭越なので字は変えた。
詩は感傷性を衒うもので、今振り返ると自己陶酔に過ぎ赤面するばかりだが、当時は俗流ロマンテイシズムと銘打って、自分なりの思いを表現したつもりだった。
俗流としたのは照れ隠しである。耽美主義云々と谷崎にあやかるには気が引けて、それ程の自信もなかったが、友人数人が読み評価してくれた。
さて谷崎だが、格別に耽読していたわけではない。ただ『少将滋幹の母』は、高校の教科書の掲載もあり読んでいた。文豪の名前を借りたのは、視角にうったえる美しい日本語の印象が、心の底に深く残ってたがゆえのことだ。
たまたま学生時代を省みるきっかけがあり、ふとこのことを思い出し、懐かしくなって『少将滋幹の母』を再読、引き続き読んだのは名作の誉れ高き『春琴抄』である。
さて『春琴抄』、主人公は、三味線や琴の天分にすぐれ、類まれな美貌の持ち主だが不幸にして盲目の春琴と、彼女を慕い献身的に尽くす奉公人佐助の二人。やがて佐助は、何者かに熱湯を浴びせられ醜い火傷を負った春琴の顔を再び見られぬよう、両眼を針でつき自らも盲目になるという、「マゾヒテイックな女性拝跪(はいき)」の物語である。
その巧みな小説技法は、読者に巻を措いて感嘆せしめることこの上なく、真底から本当にあった話だと信じ込ませてしまう。今現在も、春琴と佐助の墓に参ろうと、作品に登場するそれらしき寺を訪ね歩く人が絶えないという。
理由はいったい何故だろうか。また巧みな小説技法とは。
作品は作者谷崎当人と思われる人物が、小冊子『鵙屋春琴伝』を手に入れたという設定で進む。この『伝』は、弟子で夫でもある「春琴視ること神のごとくであった」という佐助が書かせたとされ、漢文調の文語の端麗な文体は、さながら客観的な筆調を帯びている。文中では、「春琴幼にして頴悟、加ふるに容姿端麗にして高雅なること譬えんに物なし」という具合に、春琴の人生を神話化する如く語る。
『伝』の叙述に基づき、語り手が晩年の二人に親しく仕えた鴫沢てる女の話などを参考に、適宜考証を加えて物語りは展開する。
多分に美化されたきらいのある『伝』を批判的に捉え、『伝』の真実を疑うことが物語の核となり、言文一致体で表現する語り手の言葉が、事実を語るがごとく臨場感を持って伝わってくる。『伝』を踏み台として、物語が活き活きと膨らんでもくる。
そこでいくつかの例文を紹介する。
先ず『伝』が伝える、佐助が春琴に三味線を習う箇所である。
― 時に春琴は佐助が志を憐(あわれ)み、汝の熱心に賞(め)でて以後は妾(わらは)が教えて取らせん。汝余暇あらば常に妾を師と頼みて稽古を励むべし。〈中略〉佐助は天にも昇る心地して丁稚の業務に服する傍、日々一定の時間を限り指南を仰ぐこととはなりぬ。―
これに対して語り手の描写する風景が付加される。
― 幼い女師匠が、「あかん、あかん、弾けるまで夜通しかかったかてやりや」
「阿保、何で覚えられへんねん」と罵りながら撥(ばち)をもって頭を殴り弟子がしくしく泣き出すことも珍しくなかった。―
かように生々しい姿で春琴の傲慢で野放図につのる様子が、関西弁のセリフを駆使してあぶりだされてくる。
更に春琴が醜い火傷を負い、佐助が自らの目をつぶし盲目となるクライマックスの場面である。再び『伝』の描写。
― 〈春琴の〉負傷は軽微にして天稟の美貌を殆ど損ずることなかりき。〈中略〉それより数十日を経て佐助も亦白内障を煩い、忽ち両眼暗黒となりぬ。佐助は(中略)春琴の前に至り、狂喜して叫んで曰く、師よ、佐助は失明致したり。最早や一生お師匠様のお顔の瑕を見ずに済む也、まことによき時に盲目となり候うもの哉、是れ必ず天意にしてはべらんと。春琴これを聴きて憮然たることや久しかな。―
この淡々と描かれる世界が、作者をして佐助が偶然白内障になる不自然を疑わせ、春琴の軽微な火傷にも疑問を持たせ、後年春琴の死後、佐助本人に真相を語らせるに至るという、実にドラマチックな展開へと変貌する。
迫真の描写は、事件当夜実際は見るも無残な顔となった春琴と、それを深く悲しむ佐助との水際立ったやりとりから始まる。
― 余人は兎も角お前にだけは此の顔を見られねばならぬと勝気な春琴も意地が挫けたかついぞないことに涙を流し、たまりかねた佐助も暗然として言うべき言葉なく共に嗚咽するばかりであったが、(佐助は)必ずお顔を見ぬように致します。ご安心なさりませと何事か期する所があるように言った。―
そして数日後、佐助は眼中へ針を突き刺す。盲目となった佐助は手探りで春琴の元へ行く。
― お師匠様私はめしいになりました。もう一生涯お顔を見ることはござりませぬと彼女の前に額ずいて言った。佐助、それは本当か、と春琴は一語を発し長い間黙然と沈思していた。佐助は此の世に生まれてから後にも先にも此の沈黙の数分間程楽しい時を生きたことがなかった。―
佐助それは本当かとの春琴の一言が、佐助には喜びに奮えるかのごとく聞こえ、心と心が初めてひしと抱き合い一つになっていく。両眼を失った佐助の殉教者の法悦に似た心境を、かように巧みに作者は表現するのである。
読者はここで改めて作者のうまさに気付く。語り手の文章が絶妙に『伝』への疑問をぶつけることで、『伝』そのものが生きてくる。さまでして『伝』の中で春琴を理想の女に創りあげた、佐助の痛ましくも強靭な精神が読み取れるがゆえである。
読みながらしみじみ思う。
『春琴抄』の本当らしさ、それはテクストを重層的に構成し、その言葉と言葉のぶつかりあいによってもたらされるものに違いない、と。
『伝』及び語り手の言葉夫々の作者入魂の文体は、外国語になど翻訳できない、日本語でしか表現し得ない緊張感を生み、それでいながら一種の風雅を漂わせている。
是非共、高校国語の教科書でテクストとして取り上げ、生徒たちが舌頭を転がせ日本語を噛み締めて読んで、その深い味わいを身体に滲み込ませるべきではないか、そう愚考しつつ幾度となく『春琴抄』を繙いて、声にだして読む。
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